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舛添要一の6カ国語勉強法 [ホールド]

舛添要一の6カ国語勉強法―体験に裏づけられた上達への近道






内容はオーソドックスなものだ。

そして、語学のために読む必要は特に無い。



全部で4章ある目次を翻訳すると以下のようになる。

1.外国語学習歴 6か国語
2.推奨する勉強法 9つ
3.避けるべき勉強法 7つ
4.隠し技


というように、幾つも幾つもあり盛り沢山だ。



舛添要一の6カ国語は、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、イタリア語で、旅行でロシア語学習で習得した文字から類推したギリシア語がある。



第一外国語が英語、第二第三でフランスドイツ

そして大学時代にロシア語スペイン語

ヨーロッパでイタリア語

旅先でロシア語で習ったキリル文字が少しだけ役立った現代ギリシア語の順番だ。

ギリシア語については、旅先で良く分からなかったがロシア語を習っていたおかげで読むことは読めたので文字を習うということは良いことだといったような話だった。

今現在は知らないが仕事で使えるのは英語とフランス語のようだ。

仕事、彼のプロフェッショナルの領域である国際政治についてである。

旅先でも役に立つという意味では色々かじっているようで、そのような学び方には肯定的であり、梅棹忠夫とは逆である。誰だったか、語学は中途半端でもいいものの一つであるという人がいた。




使えるレベルのものもあれば、知っていて少しだけ役立つ、得をするという両方のものが入り交じっている本だ。





東大の教養課程では、英語が第1外国語として必修、そして第2外国語として、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、この四つのなかから一つを選ばなければならない。

当時はソ連の科学技術がけっこう高く買われていたので、理科系の学生のなかにはロシア語をとる人もけっこういたが、文科系ではあまり品機がなかった。中国語は、なにしろあの時代だから、習いたいという人はそう多くない。そんなわけで、フランス語とドイツ語に学生が集中してしまのである。

ということで、舛添要一の第2外国語と第3外国語は決まって行った。



当時はソ連の科学技術がけっこう高く買われていた、という箇所があるが、舛添の先輩である野口悠紀雄が『スプートニクの落とし子たち 理工系エリートの栄光と挫折』に出て来る。今野浩の著書である。今野と野口は1940年生まれで、舛添は1948年生まれ。スプートニク・ショックは、1957年。
1950年代末から60年代と、そういった空気があったということか。


更に、謎のイワン先生の登場である。

50ページから、イワン先生に習ったロシア語、として彼のロシア語学習が書かれている。大学とは直接関係のない語学であり、ロシア語と前後してアルゼンチンから来た女の先生から受けたスペイン語を習っている。大学の講義で英語とフランス語とドイツ語をやり、一方ではロシア語とスペイン語を婦負ティヴの先生から個人的に習っていた。舛添の評価するのは前者であり、その理由は文法だ。




大学生活も後半にさしかかったころと思うが、キャンパスの掲示板に「ロシア語の生徒募集」という内容の貼り紙があるのをみつけた。ロシア語は高校時代に一度やりかけて中断したことは先に述べたが、それを見てもう一度挑戦してみるかという気になった。

大学の教室を使ってやっているのだが、先生はどいういうわけか、大学とは何の関係もないロシア人で、名前はイワン・スタルノフスキー。本人が言うには、ノボスチ通信とかいう当時のソ連の通信社の特派員とのことだが、実際のところは正体不明で、どういうルートで大学の教室の許可をとったのかも、今もって分からない。


上記の様に書かれているが、本当に正体不明だったのかは分からない。舛添が高校2年生ぐらいの時にロシア語を独学でやり始めたのは、小説を読むのが好きで受験勉強の合間にトルストイを読んでいたからだ。

小説→ロシア語であり、科学技術→ロシア語、ではなかったということだ。

そんなソ連も正面から戦わずして崩壊してしまったのだが、今度はどうも米国の様子がおかしい。どちらも経済が問題のようだ。

舛添要一は、国際政治学+フランス語だ。英語は、第1章のBBCのインタビューということで普通にできるようだ。ただ、今はこのような組み合わせを活かしているかどうかは知らない。


多言語国家スイス、20カ国語ができて当然の研究所という見出しがある。

ヨーロッパ人の多言語話者を観察したことがある人は分かると思うが、どの言語を話していても調子が一本槍の人がいる。言語が近いために楽をした結果だ。特にイントネーションは自国語流となりやすい。だから観察していて母語・母国語が何かを推量する楽しみにはなる。財務省に務めていた元妻の英語が受験英語の発音だと言っていた人がいるがヨーロッパ人も発音は発音で学ばなければ同じである。ということで、海外ではとかヨーロッパではという毎度お馴染みの崇拝宣伝文句には踊らされないことだ。この辺は一つずつキッチリと片付けるしかないだろう。



筆者は、1989年6月28日に辞表を提出し大学助教授の身分を捨てた。

大学助教授からフリーランスの国際政治学者となったのだ。

当時はバブル経済真っ盛りである。

芸は身を助けるということで語学が心の支えの一つとなった。
フランス語の翻訳や通訳をやって食っていくぐらいのことはできる。
そういう筆者に対して批判は確かに出ているようだ。
片手間でやられたら困るといったものだ。
語学屋の領域だからだろう。





推奨する学習スタイルとしていくつかある。

第2章、こうすればきっとうまくなる!成功する9つの秘訣、の一つ、「ダラダラやるより一気に集中」の項で、1日の中での集中とある期間集中してやることを推奨している。

1日に勉強する時間は、せいぜい1時間程度


 大事なことは、とにかく基礎の段階は集中して勉強し、最初の半年のうちに「発音」と「文法」を終わらせてしまうことだ。






避けるべき学習スタイルとして、君はだまされていないか?という第3章で、文法の重要性などを説いている。

受験英語は役に立つや「文法」をあなどるな、といったものがあるが、この部分は『語学で身を立てる』の方がより詳しく役に立つだろう。

実は日本の学校で習う英語も捨てたものではないよ派とかやっぱり基本に戻って学校で習った文法からおさらい派のいうことは良いことを言っているように聞こえるが、分かっていて仕方なく代用するのならいいのだが、英語が外国語の基本のような一種の洗脳のようなものになっている状態から抜け出せていない。

問題は、文法は重要ですはいいのだが、どこで習う文法かだろう。




第4章に、語学のスイッチを切り替えるの項がある。

多言語ということで、筆者は学習する時期をずらすと言っている。つまり同時並行でいくつもやらないということだ。更に、別のレベルで発想が各言語で違うのでその切り替えが必要だという。ただし殆どは単語レベルになっている。


6カ国語勉強法のあとがきは、1996年12月24日となっている。

舛添要一の6カ国語勉強法


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